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【環境科学科コラム】悲しみを乗り越え、幸福に生きる

今から十数年前のある日、父が肺がんになったと知らせがありました。タバコなど一本も吸ったことのない父が、なぜ...?

悲しみは誰にだって訪れるもの。でも、それにどう対処したらいいのでしょう?「経済学の父」アダム・スミスの著書『道徳感情論』から学べるものがあるので紹介しましょう。あまり知られていませんが、彼は生物学にも精通し、あのC.ダーウィンにも影響を与えた人物なのです。

人間は共感する動物だとスミスは言います。ただし、共感とは他者と全く同じ気持ちになることではありません。特に悲しみの場合には、当事者と同じくらいのつらさで周囲の人が悲しむことはありません。「何と薄情な」と思われるかもしれません。しかし、だからこそ自然はうまくできているのだ、とスミスは言うのです。もしも連日のように世界中で起きている大災害や凶悪事件のニュースを耳にするたびに、当事者と同じくらい強く悲しまなければならないとするならば、私たちは精神的に弱ってしまい、人間という種は早々に絶滅してしまうかもしれません。

だから、悲しみの当事者は、自分の方から周囲の人々の共感度合いに合わせて悲しみのレベルを徐々に下げ、ふだんの生活を再開していくしかないのです(ただし、悲しみを無理に押し殺しては絶対にいけません!!心身ともに病気になってしまいますから)。周囲の人々は、そのけなげなふるまいに、また共感するでしょう。そしてこのようなやりとりを繰り返すうちに、悲しみから立ち直ろうとする自分を公平な目で評価するもう一人の自分が心の中に形成されていく、とスミスはいいます...。話が難しくなったので、私の経験に照らして説明しましょう。

父の病気の知らせがあってからしばらくして実家に戻ると、「我が家はこれまでもいろんな困難を乗り越えてきたが、こうしてまた家族がそろったなあ」と、父は落ち込むどころかむしろ家族の再集結を喜んでいました。実際、父の言葉通り数々の困難が我が家を襲いました...。父が仕事中に崖から転落し、長い間仕事ができなかったこと。大型台風で住む家を失い、移住せざるを得なかったこと...等々。そんなときでも父はよく、とぼけた冗談を言って家族みんなを笑わせてくれました。

その後の検査によって、父の肺がんの原因は発症から三十数年前にたずさわったアスベストの吹きつけ作業にあったことが判明します。けれども、そんな仕打ちを受けてもなお、父は恨みごと一つ言わず、被害者意識などみじんも感じさせないふるまいをしていました。何があろうとくよくよせず、朗らかに生きておれば良いのだと・・・。そんな父の姿を何度も見て、私もそのつど落ち着くことができました。そして父の世話をするときにはそのことだけに精神を集中するよう心がけました。すると不思議なことに、何とも言えない充実感に包まれました。心の中のもう一人の自分が、私のふるまいを賞賛してくれたのです。

大きな悲しみに遭遇しても、自然治癒力の助けを借りながら、心の中に自分を見守る自分を形成できれば、徐々に平静さを取り戻すことができます。真の幸福とはまさにその「心の平静」のことであるとスミスは言います。世間の常識とはずいぶん違いますね。世間では、富・地位・名誉を得ることこそが幸福だと考えられています。でも、それらを手に入れることで感じる高揚感も、悲しみと同様、長続きしないものだとスミスは言います。

それどころか、富や地位や名誉を何としてでも手に入れようとする人は、往々にして他者に犠牲を強いたり、自分自身を破滅に導いたりするとさえ言っています。公害問題や地球環境問題を生み出すほどの無駄な豊かさを享受しながらも、依然として幸福を感じられない多くの現代人たちを「経済学の父」アダム・スミスが見たとしたら何と言うでしょうか?

父は生前、こんなことを言いながら眠りにつくのを日課としていました。「世の中には家がない人もおるのに、今日もあったかいふとんで寝させてもらいます。ありがたい。ありがたい」と・・・。「また言ってるよ、父さん」と周りで冷やかす家族も皆、笑顔でした。幸せそうな父の寝顔を今でも思い出すと、朗らかな気持ちになれます。

(環境科学科 教員)

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