人間環境大学

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【環境科学科コラム】ハイブリッド・モンスターの出現

 モンスターといっても特撮やアニメの世界のことではない.ここで紹介するのは,現実の植物の世界で実際に出現したハイブリッドの怪物だ.

 ハイブリッド・モンスターの古典的な代表はギリシャ神話の「キマイラ」だろう.ライオンの頭と山羊の胴体,そして毒蛇の尻尾を持つ架空の生物だ.古代の人々は,複数の生物を混ぜ合わせることで最強のモンスターを空想した.

 さて,本題に戻ろう.長良川河口堰で一面に茂っているという水草が私の研究室に持ち込まれた.その水草を一目見て,「あ,あの正体不明の...」と思った.これまでの私の調査で,琵琶湖や鈴鹿市の水路でも同じ水草を見つけていた.じつは,これが見たこともない植物なのである.そもそも国内の図鑑に載っていない.つまり,日本では未知の植物なのだ.新種という可能性もあるが,「外来種」の可能性が高い.しかし,原産国がわからないので,どの国の図鑑を調べてよいか途方に暮れてしまったのでる.そのようなわけで,研究を進めずに,ずいぶん長いことほったらかしにしていた.長良川での大繁茂をきっかけに,本腰になって調べることにした.ありがたいことに,共同研究者の先生がDNAを調べてくれた.その結果は驚愕するものだった.

 この正体不明の水草は,DNAの解析からヨーロッパのセイヨウセキショウモと東アジアのコウガイモの雑種であることがわかった.つまり,ハイブリッドなのだ.世界中の図鑑を調べてもわかるはずがない.さっそく,その結果に基づいて新雑種コウガイセキショウモを共著で記載発表した.

 このハイブリッドはアクアリウムプラントとして流通している.もちろんコウガイセキショウモという名ではない.片親のセイヨウセキショウモの名前で売られていたのだ.新種のハイブリッドであることに,これまで誰も気づかなかったわけだ.長良川での繁茂は,おそらくアクアリウムプラントとして販売されたものが逃げ出したものだろう.販売目的で栽培・流通していることを考えると,なぜハイブリッドが産まれたのかに合点が行く.圃場では全世界から集められた水草が栽培されており,そこで栽培されているヨーロッパのセイヨウセキショウモと東アジアのコウガイモが勝手に交雑を起こしたらしい.いまのところ,コウガイセキショウモは雌株しか知られておらず,1個体の植物が起源となって,クローンによって全国各地で繁茂していると考えられる.強力な繁殖力だ.

 問題は,この水草が河川一面に大繁茂するというとても侵略的な特性を持っていることである.現在,千葉県から熊本県までコウガイセキショウモの繁茂が点々と確認されている.守山区瀬古の水路では,川底一面にびっしりとコウガイセキショウモが茂っている.ちなみに,両親種はさほど侵略的ではなく,コウガイモに至っては関東や東海の都府県で軒並み絶滅危惧種となっている.コウガイセキショウモは両親から侵略的になるような特性の組み合わせをうまく受けついだのだろう.両親が同じでも,受け継ぐ形質の組み合わせはとても重要だ.もしも山羊の頭と足のない蛇の胴体とライオンの尻尾を受けついでしまっては,キマイラになれないどころか最弱の生物になってしまう.コウガイセキショウモの場合には,交雑の結果として偶然に侵略的な組み合わせを獲得したようだ.一度繁茂すると,在来の水草の生育を阻害するという点で,このハイブリッドは生態系に大きな脅威を与えるモンスターなのである.

(環境科学科 藤井伸二)


コウガイセキショウモの標本(長良川産)

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